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去った人、残ったもの


RICOH GR DIGITAL
東京都

大切な友達のお父さんが亡くなった。
あまり会ったことも話したこともないけれど悲しい。
失ったり別れたりすることは悲しいことだ。

人が亡くなるとこういう場面にほとんど必ず出くわす。

亡くなった人を思い出し、懐かしみ、
いなくなってしまったことに涙する。
人間として当たり前の感情であり、
死という残酷なものが見せる美しい場面だとも思う。

「もうここにその人がいない」「もう会えない」と嘆く。
確かに悲しむべきことであるかと思うが、
それはあまりに物質的な感情ではないかと思う。

つまりそれは「亡くなった人を過去のものにしてしまう」ということ。

その人が残してくれたものは何もないのだろうか?
そんなことはないはずだ。

失われたものを嘆くより、
残してくれたものに感謝するべきではないか。

残ったものにはその人のいろいろな想いが詰まっているはずだ。
その想いを大事にしていくことが生きているわたしたちの役目ではないか。

そんな風にひとり思っていた。

ありがとう、お父さん。
あなたがいなければ、最高の友達はいなかった。
本当にありがとう。
安らかにお休みください。
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[ 2007/07/25 20:54 ] 未分類 | TB(0) | CM(3)

難しいねぇ

人が亡くなって悲しいのは、二度と会えないことを悲しむことが第一だと思う。
だけど、その人に対して何もできなかった、あるいはもっとできる事があったんじゃないかという後悔の念もあるんじゃないかな?
最近、会社の先輩のお母さんが急逝されて思ったのだけど、自分が親を亡くしたときに同じことを言えるだろうか。私は、感謝はするけど、同時に後悔もするだろうなと思った。それは離れて暮らしているから尚更なんだけど。
考え方は人それぞれ・・難しいね。
[ 2007/07/26 23:45 ] [ 編集 ]

>からしま

それがいわゆる当たり前の感情だと思う。
なんか、そういう気持ちが失われてきていてね。
いまは感謝するということに意味を見出そうとしているのかも。
[ 2007/07/27 00:08 ] [ 編集 ]

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[ 2007/08/03 03:58 ] [ 編集 ]

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